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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)834号 判決 1954年11月30日

香川県三豊郡紀伊村大字木ノ郷

上告人

斎藤正則

右訴訟代理人弁護士

白川千代治

同県同郡粟井村大字常次

被上告人

合田文雄

右当事者間の貸金請求事件について、高松高等裁判所が昭和二七年七月三〇日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない(原判決には論旨第二点所論の様な過誤があるけれども、原審は所論判示の前に「甲第一、二号証の成立に関する上告人の自白が真実に反し錯誤に出たことを認むるに足る証拠はない」と判示して居る。そして自白が錯誤に出たものとして取消すには自白者においてその錯誤に出でたことを立証しなければならないのであるから、右判示の如く所論自白が錯誤に出たことを認むるに足る証拠がないと判断された以上、これだけで既に自白の取消は許されないのである。それ故所論判示は蛇足無用のものであるから、此の判示における前記過誤は主文に影響のないもので論旨は上告の理由とならない)。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二七年(オ)第八三四号

上告人 斉藤正則

被上告人 合田文雄

上告代理人弁護士白川千代治の上告理由

第一点 原審判決は、事実に於てあらわれざる証人を理由に於て証人として引用せるものである。

之は理由と理由の齟齬でなくして、事実と理由の齟齬であるけれ共、民訴第三百九十五条の第六項に準ずべきものである。

故に原審は、此の点に於て棄却をまぬがれぬものであります。

由来証人久保幸雄は、第一審に於て被告は証人として申請し採用ありたるものなるも証人不出頭の為、遂に訊問の決定を取り消されたるものであり。

控訴審に於ては久保幸雄を控訴人が証人として申請し、裁判所に於て証言したるものである。しからば証人久保幸雄の証言を証拠としてとるべきであるに裁判所は之をとらず。

即ち控訴審に於ける第三回口頭弁論に於て公判調書に、

控訴代理人は、先に申出でたる控訴人本人を訊問相成り度い旨、申出でて其の余の証拠は何れも放棄する。

とあるによりて、既に調べある久保幸雄の証言をも放棄した如くなつてゐる様である。

しかし乍ら、此の点は控訴代理人は右の如く申出であるものに非らず。

即ち左の如く申し出でたるものである。

控訴代理人はさきに申し出でたる控訴人本人を、訊問相成り度い旨申出で、其の余の証拠申請は何れも放棄する。

即ち第二回口頭弁論期日に於て申請し、裁判所にて採用ありたる鑑定人、某、証人大山正雄は最早久保幸雄の証言によりて其の必要性が無くなつたから、前文の如く其の証拠申請は何れも放棄したものである。

事件の成り行を深く知らない書記が早合点してかく誤つて書いたものである。

しかるに裁判所の判決理由では、証人久保幸雄の証言を採つている。即ち

理由に於て

右認定に反する前掲久保証人の証言、控訴人本人の供述並に乙第一号証の記載は措信しがたく、他に右認定をくつがへすに足る証拠はないとある様に、久保証人の証言を引用して居る。もし裁判所の書記が書いた記録が真実なりとせば裁判の理由は引用すべからざる証言を引用した事になつている。

即ち民訴三百九十五条の六項にあげたものに準ずるものになる。

即ち原審判決は事実に記載なきものを理由として、証人を採用している。之は事実と理由との齟齬であつて民訴三百九十五条の第六項に準じて法令に違背したるものであつて判決の棄却はまぬがれないものである。

第二点 原審判決は其の理由中民訴三百九十五条第六項の判決の理由に齟齬あるにつき之を棄却せられるべきものである。

即ち甲号証の「宛名」のことを「保証人」「連帯保証人」等の文言と取違え以て上告人を敗訴せしめたものである。

原判決の理由中に

当審証人合田八重子の証言並びに当審における被控訴人(原告)本人の供述を綜合すれば(甲第一、二号証)の借用証中の斉藤正則(控訴人)の氏名の上の「保証人」又は「連帯保証人」なる文言は同人自ら記載したものではないが、債権者である被控訴人において控訴人の承認を得て記載したものであることが認められるから、右甲第一、二号証の成立に関する控訴人の原審における自白が事実に反しかつ錯誤に基くものであるとの控訴人の主張は理由なく。

とあるも本件の場合問題となつているのは「保証人」「連帯保証人」なる文言である。

宛名即ち債権者の名儀ではない。

しかるに控訴審の被控訴人(原告)証人訊問調書の中に

右借用証書の宛名は私が自分で書いたのですが、それは宛名の記載洩れを指摘したところ久保が合田さんが書いてもよからうと云うので、私が金を貸す前に久保の目前で記入したのであります(中略)。

此の証書の宛名も五万円の時と同様事情で私が書いたものであります。

又合田八重子の証言中にも、

所が同借用証書には宛名が書いてないので五万円渡す前その点を尋ねると、久保幸雄は合田さんが書いてもよかろうと云うので夫が万年筆で記入したのであります(中略)。

右借用証にも宛名がなかつたので五万円の時と同様のいきさつで夫が書入れたのであります。

とある様に借用証書の宛名名儀を被控訴人(原告)が久保幸雄の承諾を得て書いたのであつて控訴人(被告)の承諾を得て書入れたものに非ずという証言であつて

「保証人」「連帯保証人」の文言ではない事は明白である。

「保証人」「連帯保証人」の文言は被控訴人といへ共、久保幸雄の筆跡であるという事は、当事者間に争がないのであつて只控訴人は控訴人が押印した直後に控訴人の知らぬ時知らぬ場所に於て、久保幸雄によつて書き加えられたという。

被控訴人は控訴人が借用証に印を押す前に既に書いてあつたものであるというのである。

故に原審裁判所の理由に示されたが如く被控訴人が控訴人の承認を得て記載したものでは無いのである。

念の為今一度明確に言えば、

甲第一、二号証の斉藤正則の氏名の上の

「保証人」「連帯保証人」なる文言は債権者である被控訴人(原告)に於て控訴人(被告)の承諾を得て記載したものである。

というが如き事は絶対になく訴訟記録中どこの部分にも無いのである。

この事は裁判所だけが思い違いでかような判断をしたものである。

今一度云うが原審裁判所は宛名のことを「保証人」「連帯保証人」と取り違えて居るのである。

第三点 原審判決は事実の誤認によりて控訴人の自白の取消しを不当に許可せざるものである。

故に原判決は此の点に於て破棄せらるべきものである。

昭和二十五年十二月十八日の第一審に於ける口頭弁論に於て被告訴訟代理人細川亀市は甲第一、二号証の成立を認むる旨を述べた。

之は当日始めて示されて見せられた証拠であつて、借用証書は一見成立している様に思つたのと、被告本人によく見せてから答弁すべきを独断にて答えたものである。

当日口頭弁論が終つて被告本人の云う事を聞いて見ると、甲第一号証二号証の成立は其の借用証中の保証人、連帯保証人なる文字のみは成立を認める事は出来ないとの事であつた。

故に次回口頭弁論期日である昭和二十六年二月二十八日(一審)に被告訴訟代理人は

さきに甲第一号証、甲第二号証の成立を認めたが、各甲号証の印影の点は認め其の他は否認するということに認否を訂正すると述べた。

しかして被告本人訊問に於て右同様の趣旨をくわしく述べたのであります。

それで控訴審についても、此の間の事情を詳細に準備書面に於て之を述べ第一回口頭弁論に於てもくわしく、其の間の事情をのべ之は訴訟代理人の錯誤に基くものとして之を取消して居るのであります。

同一の筆跡で「保証人」「連帯保証人」という所のみが後から書入れたものだという事はどうして被告代理人が見分ける事は出来る筈がない。

一回訴訟を延期して被告本人に十分事情をきき正して答弁すべきであつた。

しかるにそれを当日に直ちに被告本人にきき正さないで答弁したが為に、控訴代理人は錯誤を起したものである。

しかして次回に訂正したのみならず、直ちに被告本人の答弁にも此の点の事情即ち保証人、連帯保証人の文字は書入れてなかつたという事を述べているのである。

又控訴審に於て甲第一、二号証の作成者であり保証人、連帯保証人の文言の執筆者である。

証人久保幸雄もかくいつて居るのであります。とすれば第一審の被告訴訟代理人が錯誤によつて自白したことは明白であります。

即ち自白取消しの証拠として

被告本人訊問並に証人久保幸雄の証言は十分に其証拠方法が備わつていると思う。

しかるに原審判決の理由中

控訴代理人は原審における昭和二十五年十二月十八日午前十時の口頭弁論期日に於て被控訴人提出の甲第一、二号証の成立を認めその後、当審における昭和二十六年十月六日午前十時の口頭弁論期日において、右甲号各証の成立を認めたのは事実に反しかつ錯誤に基くものであることを理由に之を取消したけれど、右の自白が真実に反しかつ錯誤に出たものであるとの点については、当審における証人久保幸雄の証言並に控訴人本人の供述中右控訴人の主張に副うが如き部分及び乙第一号証の記載はたやすく措信しがたく、他に之を認めるに足る証拠がないのみならず、却つて当審証人合田八重子の証言並びに当審における被控訴人(原告)本人の供述を綜合すれば、甲第一、二号証の借用証中の斉藤正則(控訴人)の氏名の上の「保証人」又は「連帯保証人」なる文言は同人自ら記載したものでないが、債権者である被控訴人において控訴人の承認を得て記載したものであることが認められるから右甲第一、二号証の成立に関する控訴人の原審における自白が事実に反し、かつ錯誤に基くものであるとの控訴人の主張は理由がなく、従つて右自白の取消は許すべきではないとあるが、

かゝる保証人並に連帯保証人なる文言は被控訴人(原告)の記入したものにあらず。

訴訟記録を見れば控訴人、被控訴人、及び証人中誰一人として「債権者である被控訴人が記載したものであることを供述した者は無いのである」

只被控訴人が借用書中の宛名を書いたのは自分であると証言しているのである。

保証人、連帯保証人なる文言は証人久保幸雄の記載したものであることは、控訴人及び被控訴人並に証人久保幸雄の証言に明白である。只その文言を記入した時機が控訴人が押印した以前か、或は押印後に控訴人の知らぬ間に記入したものかゞ争になつているのである。

かくの如く記録にもなき事実を判断して、判決をなすが如きは不当なるのみならず、

之を理由に

自白の取消しを不当に許可せざるが如き裁判は不当であつて、到底破棄をまぬがれないものである。

即ち保証人並に連帯保証人と書いたものは久保幸雄に相違なきものを一躍して、被控訴人(原告)が書きたる如き理由で被控訴本人及び其代理人も主張せざる事を以て、裁判をなすが如きは不当も甚だしきものである。

第四点 原審判決は其の事実の項に控訴人が「後に至り」と云ひし事を「後日」と誤りて採り之により原審判決が不当に控訴人の敗訴となりたものである。

此の点で原審判決を破棄すべきものである。

原審判決は其の事実の項に

控訴人は甲第一、二号証中斉藤正則名下に各押印したが、その際甲第一号証の斉藤正則の上には「保証人」又甲第二号証の斉藤正則の上には「連帯保証人」なる文言の記載はなかつた、自己が右の如く押印したのは訴外久保幸雄が被控訴人から本件各金員を借受くるにつき、その紹介者であることを明らかにしたに過ぎない。右各氏名上の保証人又は連帯保証人なる文言は後日何人かが勝手に記入したものであると述べ、

とあるも控訴人は第一審に於て昭和二十六年九月八日の準備書面を以て、明白にしたる後に何等変更なし居らず、即ち其の準備書面第三項中に

その保証人又は連帯保証人なる字句は後に至り何かにより、ひそかに記入せられたるものであつて控訴人の関知せざるところである。

とある如く控訴人は右の如く「後日何人かの手によりて」と述べたる事なし。

要は「後日」と「後に至り」との差であるが本件の場合には大きな差異を生じるのである。

何となれば甲第一、二号に控訴人が押印してから後日といえば、其の翌日か又は尚其の後を意味し「後に至り」といえば、控訴人が押印して後何分後か又はその当日一日中をも含むものである。証人久保幸雄の証言によると控訴人が甲一号証に押印して後甲一号証は保証人たる文字を久保幸雄が控訴人に無断で書入れたものであり、甲二号証は控訴人が押印してから数十分の後に控訴人に無断にて、久保幸雄が連帯保証人の文字を書入れて被控訴人方へ持参したのである。

そうしていづれも保証人、連帯保証人なる文言は控訴人が押印した後の其の当日久保幸雄が書入れたものである。

之点は証人久保幸雄の証人訊問調書により明白である。

裁判官は深く此の事情を知らざるが故に後に至りという点を後日何人(びと)かゞと解して判決の事実のところに債権者が、控訴人の承諾を得て後に書入れたものであると解し、

被控訴代理人、及び被控訴人並に其の妻合田八重子等の主張せざる事実を書かれたものである。

しかして実際は後に至りてと書くべきを後日と書いたが故に、甲号証の文書偽造の日時が其の当日なることを誤解し、後日と解したるものである。

依つて此の事実に誤認あるにより原判決を取消すべきものである。

第五点 原審裁判は被控訴人の申請に係る証人合田八重子の証言に対し、控訴人が昭和二十七年六月二十三日申請せる証人久保幸雄及び控訴人本人の再訊問及び吉田善吉の証人申請を採用せざりしは、公平の原則に反したるものにして、原判決を破棄し今一度原審に於て之等の証人を審理し判決をなすべきものなりと信ず。

証人合田八重子の証言にして最も重要なる証言は甲第一、二号証を控訴人方へ持参して之を見せその真正なる事を確めたという点である。元来被控訴人はかゝる証拠は控訴審の最後に至るまで第一審より第二審通じて、一度も主張したる事なき証拠にして、控訴人としては新たなる証拠については、其の真実なりや否やの反証をあげて裁判所の判断を乞うものである。

故に合田八重子の証言直後控訴人は右三名の申請をなしたるものである。

其の訊問の要旨は

証拠申請書にも記載せる如く当時被控訴人が控訴人宅に甲第一、二号証を持参して確めたる事の有無を訊問すること。

久保幸雄に対しては、果してかような事実であつたかどうか。

又甲三号証に右元金十五万円は合田氏の金でなく、吉田善吉の所有なるもので合田氏は、仲介の労をとつたものとあるが真実か否か。

という事をきゝ

吉田善吉に対しては、

本件の金子十五万円也は吉田善吉より出ているものなりや、又此の件以外にも合田文雄の手をへて他人に貸し附けたる事ありやを訊問し之によりて合田文雄は、合田八重子の証言した如く今までに金を貸した事はなく、本件が始めてであると云える事は偽証なる事を証せんとなしたるものである。

又由来合田文雄は他人に金を貸す様な資産なく、吉田善吉の金によりて高利で、他人に金を貸して居る事を証せんとしたものである。

之に対し裁判所は、被控訴人に有利な証言であつて時機を失したる証言の対抗手段として控訴人が申請したる証人を採用せざるは控訴人の為に公平を欠ぎたる裁判である。

以上

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